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ふいに、何かの気配を感じた。

魔獣であった私には、野性の勘が残っている。私は、すぐさま目を覚ました。

「誰だ…」

足元に、黒い人影が背中を向けてうずくまっていた。

「貴様、そこで何をしている…っ!」

声をあげると、人影はびくりと体をこわばらせ、そろそろと顔を振り返らせた。

「…ラミア…か?」

「…………」

「…何をしているんだ…ラミア」

ラミアは、何も答えない。暗闇の中でじっと私を見つめたままでいる。

「……忘れてしまわれたのですか……」

沈黙の後、ラミアが口をひらいて、そう言った。

「忘れた……? 何をだ……」

とっさに頭をめぐらせてみたが、私にはラミアという名前どころか、少女の面影すら記憶に残ってはいなかった。

「……忘れてしまわれたのですね……」

私がすぐには答えられずにいると、

「あなた様を、ずっと、お待ちしておりましたのに…」

と、ラミアは顔をうつむかせた。

「やはり…さっきのは、聞きちがえではなかったのか…」

先ほどの疑問がよみがえる。

「何者だ…おまえは…」

「私は、ラミアです…」

「ちがう…おまえは、なぜ私を知っている…」

「……こんな雨の日に、あなた様にお会いしたことがあります……」

ラミアにそう言われて、私は記憶をたどり、そして、ふいに、ひとりの少女のことを思い出した。

……私が、まだ人であった頃、王族であった私は、狩りに出かけ、その先で雨に降られた。そこで、私は、こんな風に雨をしのぐための宿を借りたのだ……。

「おまえは……あの時の少女なのか……」

「思い出してくれたのですね…オズマ様」

少女の顔が明るい笑みに包まれた。

 

 

しかし、

ラミアがその時の少女なら、ヒトであるわけがなかった。

私はもう何百年も生きているのだ……。

寝台の私の隣へとすり寄ってくる少女に、「寄るな…」と、告げた。

「なぜです…オズマ様…」

「…おまえは、何ものなんだ…」

この家に近づいた時から、人の気配はしてはいなかった。この私が、ヒトの匂いに気づかないはずもなかったのだ。

「……私は、魔女……」

「魔女…だと?」

まさか…と、いう思いがわき上がる。

「……あなた様を心から愛していましたのに……あなた様は、他の方とご結婚を決められてしまった……」

「まさか……本当に……」

のどの奥に何かがつまったように、次の言葉が出てこない。

「ええ…私が、魔女になることを願い、あなたを、魔獣に変えました…」

「あぁ……」

口から声ともため息ともつかないものがこぼれ出た。

「……私を、愛してください……オズマ様」

ラミアの手が、私の首筋に絡みつく。

「……よせ!」

私は強い力で少女の手首をつかみ上げた。

「痛っ…」

「……長い、長い間、私は、私を魔獣に変えたものを憎んできた……」

手首をつかんだまま、私は目の前の少女を見つめた。

「だが……それが、おまえのような少女だったなど……」

憤りとも哀しみともつかないものがこみ上げ、涙が流れた。

「なぜ、泣くのです…オズマ様」

少女の手が、私の頬に触れる。この少女は、私の憎しみを何も知らない。少女はただ私を愛しただけで、そのために嫉妬心から魔力を与えてくれることを願っただけなのだ……。

怒りのやり場もなかった。

 

  

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