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「ラズル……。グラスを貸して……」
彼からグラスをもらい受けワインをつぎ足す。
「すまない……。私は、まだ、母に負い目があるようだ……」
哀しげに目を伏せる彼の手をそっと握る。
「ルキア……母は、本当に幸せだったんだろうか……。母は、父をヴァンパイアと知らずに愛していた……その秘密を母に悟らせてしまったのが私だ……。私は、母の首筋に牙を立て、父が隠し通しそうとしていた秘密を明かしてしまった……」
握っている彼の手がかすかに震えている。
「大丈夫……?」と、握る手に力を込める。
「ああ……。ルキア……母は、父を殺し自らの命も絶ってしまったが……それでも、幸せだったんだろうか……。ルキア、教えてほしい……私の母は、不幸ではなかったのか?」
「ううん」と、彼に首を横に振る。
「お母様は、幸せだったはずよ……お母様はドラキュラ伯爵のお父様を愛していた……何より子どものあなたを愛していた……。お母様の選んだ結末は悲劇的だったけれど、愛してた人たちと暮らした時間は、きっと幸せだったはずだもの」
「ルキア……そんな風に言ってもらえると、私は救われる気がする……。私は、まだあの頃のままで……母のぬくもりを求めているのかもしれない……」
彼の髪をなで胸に抱き寄せる。
「私がいるから……」
彼の負った悲しみを少しでも肩代わりできたらと思う。いっしょにいて、せめて彼の胸の傷を半分に癒してあげたかった。
(いっしょにいて、半分に……)ふとオズマのことが頭をよぎる。彼は、それを『性に合わない』と、拒んだ。あの人は、今頃ひとりどこで何をしているんだろう……。
「……ねぇ、ラズル。オズマに呪いをかけた魔女ってまだどこかに生きてるのかな?」
「魔女か……。おそらく生きてはいまい」
「……どうして?」
オズマは魔女を探して旅をしているものと思い込んでいた。その魔女が生きてはいないのなら、彼はあてもなくさまよっていることになる。
「魔女は、元は人間であったものが野心から魔ものに力を借り魔女と成り果てたにすぎない。魔ものは魔力を与える代わりに、その人間から魂を盗む……魂のない抜けがらにすぎない魔女たちは、魔力を使い果たせば死ぬしかないはずだ」
「……魔女って、人間だったの?」
驚いて、聞き返す。人に呪いをかけるような恐ろしい魔女が、もともとは人間だったなんてあまり信じたくはなかった。
「そうだ。今はそう行なわれないが、昔はよく魔法陣を組み魔ものを召喚する儀式は執り行なわれていた。召喚した魔ものに願いを伝えると、魔ものはそれ相応の魔力を貸した。人間はそれで、時には人を殺し、人を欺いてきた……同じ種族でありながら」
「愚かね……だって、願いを叶えても生きてはいられないんでしょう?」
「そうだ……だが、もし召喚した魔ものがとても強い魔力の持ち主であったなら、その力を譲り受けた魔女はしばらくは死ぬことはない……強大な魔力は、願いをひとつ遂げたくらいでは消えやしない……」
窓のそばにたたずんでいる彼のグラスの中に月が映り込んでいる。
「……ねぇ、ラズルは召喚されたことがあるの?」
「私か…」
と、彼が息を短く吐く。
「一度だけ、ある。……私を召喚したのは若い娘で、彼女は自分の宿に狩りの途中で偶然立ち寄った男を愛してしまっていた。だが男にはやがて別の娘との結婚が決まって……私は、喚び出された。あの時、なぜ私は彼女に加担したのか……血に飢えていた私は、目の前の若い娘を狩ることしか考えていなかった……私は彼女の血を吸いつくし、そして彼女に魔力を与えてしまった……」
空の彼方を流れ星がひとつ横切るのが見えた。
「……ねぇラズル、あなたが今そうして後悔しているように、彼女もきっと自分のしたことを悔やんだと思うわ」
「そうだろうか……だと、いいのだが……」
と、彼が額にかかる髪をかき上げる。彼のなにげないその仕草は、物憂げでひどく色っぽかった。
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