―7―
しばらくながめていたが、魔獣は息を吹き返しそうになかった。「……ひどいな、またひとりぼっちだなんて……」地面に投げ出されている魔獣の手を取り、胸の上で組み合わせた。
「……眠って、どうか安らかに……」
庭の土をすくってかけようとした……
と、突然、
魔獣の全身がまぶしく発光し、目もくらむような光線が四方へ飛んだ。
「なに……」
夜空にきらきらと煌めきを放ちながら、魔獣の体がふわりと空中へ浮き上がる。
「なにが、起こってるの……」
見上げる瞳の中で、一層輝きが強まる。目がつぶれる程の明るさに、地面につっぷして頭を抱えた。
全身が灼けるような光がどれくらい降り続いていただろう。ふいにそれが途絶えたかと思うと、
「……これは、どうなっているんだ……?」
頭の上から聞いたこともない声が問いかけてきた。
「…だ、れ…?」
恐る恐る目をあけると、見知らぬ男が月明かりにたたずんで私を見下ろしていた。
「誰……あなた」
「君は、ルキアか……」
男は私を知っていた。でも一度見たら忘れそうにない夜目にも鮮やかな程ゴージャスな金の髪のその男を、私自身どこかで見たような覚えはなかった。
「ルキア、私を知らないか?」
「知らない……あなた、誰なの?」
「私は、魔獣だ。さっきまでおまえの目の前にいた、魔獣だ……信じないだろうか?」
「魔獣って……」
言われればそんな面影もあるような気がする。
「だけど、魔獣はラズルに刺されて死んだはずじゃ……」
「ああ」と、男がうなづく。
「確かに、私はドラキュラ伯爵の剣に刺し貫かれた。だが、それで私にかけられていた魔獣の呪いが解けたらしい」
「魔獣の、呪い?」
「ああ、私は元は人間だったが、魔女の呪いであんな姿に変えられていたのだ。呪われた魔獣の命が絶たれたことで、私はようやく人間に戻れたようだ……」
「そう……」
呟いてなにげなく仰いだ男の目が、月光に光った。その瞳は、人間にはあり得ない、赤い、獣の目の色だった。
「目、が……」
「えっ? 目が、どうかしたか?」
伝えていいものかどうか迷う。答えずにいると、男に「教えてくれ!」と、迫られた。
「赤い……」
私の答えに、「なん…だって?」と、男は声をつまらせ、それから「……本当か! まさか本当のことなのか……!」と、切なげに叫んだ。
「……なんてことだっ! 解けたのは魔獣の呪いだけで、もはや何百年もの時を生きてしまった私の魂は、呪いから解かれることもないのか! 神よ! 私の魂は、もう生まれ変わることさえ許されないのか……!」
「……ごめん、なさい……」
やっぱり言わなければよかったと思った。彼にとっては、きっと知らない方が幸せなことだった。
「……どうした? なぜ、謝る? おまえは私に真実を知らせてくれただけだ……」
「だけど……」
言葉につまり流れた涙を、「おまえが、泣くことはない」と、もう鉤爪はないしなやかな指がそっとぬぐってくれた。
「ルキア……だったな。私も、おまえと同じようにヒトの形をした魔ものになってしまった。……まだ獣だったなら、自分に魔ものとしての自覚も持てたが……ヒト型では、つらいな……。人間でありながら、人間ではないということをひしひしと思い知らされる」
赤い瞳から涙が一筋流れ出て、彼は顔をそむけた。
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