―6―
「……もうやめて!」
耐えられずに、叫んで2人の前に走り出た。その拍子に、ラズルが態勢を崩し魔獣に左胸を切り裂かれてしまった。
「はぁ、うっ…!」
「ラズル…大丈夫!」
傷口をおさえ片ひざをつくラズルに駆け寄る。
「大丈夫だ……私の後ろに下がっていろ、ルキア」
ラズルが左胸にあてていた手をはずし、剣を杖がわりについて立ち上がろうとする。
「……まだ、やるの……」
ラズルの白いドレスシャツが鮮血に赤く染まっている。
「ああ…決着はつけなくてはならない…」
「その通り。伯爵は、よくわかってらっしゃる」
「挑発しないでっ! もうあなたたちが闘うのを見るのはいや!」
2人の間に割って入り、ラズルの前に両手を広げた。
「どくんだ…ルキア…」
手を広げたままラズルに首を振る。
「どいた方がいい……君も、巻き添えを食らうことになる」
「いや…闘わないと約束するまでどかない」
「……なら、おまえごと、殺すのみ!」
月光に魔獣の爪が光ったのと、
「危ないっ!」
と、ラズルが大声を張り上げたのはほとんど同時だった。
私はラズルに横へはねのけられ、ころんで小石でまぶたの上を切った。目の中に血が流れ込んできて、視界がぼやける。血を拳でぬぐいながら、目の前にいるはずの2人に目をこらした。だんだん2人の姿がはっきりとしてくる……1人は剣をつき出し、もう1人はその剣を腹部のあたりで止めているようだった。
止めて……「うぅ…う…」という地を這うようなうめき声がしている。止めて……ないの? 「嘘……!」2人の元に急いで這い寄った。
……ラズルが剣をつき出し、つき出された剣の先は魔獣の腹部に深々とつき刺さっていた……「嘘! 嘘よ!」……魔獣から血があふれて私の足先までも濡らしている。
「……いい、これで……」
苦しげに魔獣が言う。
「……貴様、なぜ避けなかった……」
ラズルが茫然と言う。
「これで、いい……ぐうぅぅぅ」
手にした剣を魔獣がつかみ、もっと奥へと押し込もうとする。
「ダメ……っ!」
魔獣をつき倒し剣を必死で引き抜いた。途端、真っ赤な血が魔獣の腹部からほとばしり出た。
あわてて腹部をおさえ血を止めようとする私に、赤い目をわずかにしばたいて魔獣が口をひらいた。
「……えっ、何……」
「……………」
声は、私の耳には届かなかった。だけど、口の動きで、魔獣が最期になんと言ったのかわかった。
「ありがとう……」
と、確かに魔獣は告げた。
「……避けることはできたはずなのに……ルキア、おまえの言っていたことは本当だったのか? 悪人ではないと、そう言っていたのは……」
「……。ラズル、いいわ、もう……。……彼が、送り込まれた刺客なのは真実だったんだし……だから、いい、もう……」
「泣いて、いるのか? ルキア……」
抱きしめてくれようとするラズルを断って「ごめんなさい……」と、顔をそむける。
「……今日は、帰って……」
「……そうか……すまない、ルキア」
「謝ったりしないで……ラズルは少しも悪くないもの……また、来て……?」
「ああ……ルキア」
ラズルが上衣を拾い上げて体にまとい、翼をひらく。
飛び立った彼の後ろ姿を見送って、足元へ目を落とす。あお向けに倒れている魔獣は動く気配もない。黄金色に輝いていた毛並みは艶を失い、血が固くこびりついている。
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