―5―

遠去かる魔獣と入れちがうようにして、こちらに向かう羽音が聞こえてきた。

空を見上げると、深い青い闇のような翼に、黒地に金糸の刺繍も艶やかな丈の長い上衣をまとって、彼がいた。

「ラズル、どうし……」

「ルキア! 何もないか?」

 降り立つなり、ラズルが私の両肩をわしづかむ。

「何もって……いきなり、どうしたの?」

「おまえの元に、みたび刺客が送られたと聞いた。それで来たのだが……何も、ないようだな」

「何も……」

 魔獣のことを言い出せずに口をつぐむ。

「なぜ、黙る……もう、何かあったのか?」

 蒼い瞳が2つ……心の中までも見透かすように私をじっとのぞき込んでいる。

その時、がさりと草をかき分ける音がした。

「そう……追いつめるものではない。伯爵ともあろう方が、女性の扱いも知らないと見える……」

「誰だ……」

 魔獣のシルエットが草の陰に現われている。

「……伯爵本人が直接出向いてくるとは、驚いたものだ……初めてお目にかかります、ドラキュラ伯爵殿、私がお探しの第三の刺客でございます」

「何だと……? 貴様、ルキアに何かしたのか!」

「やめて、ラズル……彼には、何もされてないから……」

 飛び上がろうとするラズルの体にしがみつく。

「ルキア? なぜ、止める……」

「わからない方だ……彼女が困っているではないか。よく考えてみるといい……私がもう彼女を手にかけていたとしたら、まぬけにものこのこ出てくると思えますか? これからだ……つまり貴方は間に合ったということ……よかったですね?」

「……貴様っ! ここへ来い!」

 ラズルが静止を聞かずにバサリと翼をひらいて、空中へ舞い上がってしまう。

 

 

「ええ……私が彼女を殺る前に、私を殺ってしまった方がいい……貴方は、賢明だ」

 魔獣が草をかき分けてだんだんと近づいてくる。

「来ちゃ…だめ…」

思わず呟く。と、魔獣が私に視線を走らせて言った。

「……おまえは、何か勘違いをしている。私はおまえを殺す悪者で、今まさに悪者からおまえを救ってくれる騎士が現われたというのに……」

「嘘! 私を殺す気なんかとうになかったのに!」

「ルキア……それは、本当なのか?」

 ラズルが空から私を見下ろす。

 彼に応えようとするのを遮って、魔獣が口をはさんだ。

「すぐに惑わされるとは、主体性のない……都合よく彼女に私を信じ込ませることなどたやすいことだとは思わないのか? 信頼させてから殺した方が、彼女は死の間際に裏切りにわめき、涙を流して訴えるだろう、助けてと、信じていたのにと……楽しい。楽しくて仕方がないではないか……自分を信じるものをこの爪で無惨にも切り刻む瞬間……こたえられない……」

「それ以上、言うなっ、汚らわしい! ……貴様っ、剣を持て! 私と闘え!」

 ラズルが腰の剣を抜いて、上衣を脱ぎ捨てる。

「ラズル! やめて! ちがうの! 彼はちがう、そんな人じゃない! お願い! 闘うなんて、やめて!」

「どいていろ…ルキア。私は、この魔獣に1対1の決闘を申し込む。手出しはするな」

「ふっ…そうでなくては、な。望むところだ……伯爵、かかってくるがいい!」

 魔獣が鉤爪をかまえた。

「やめて……2人とも、お願いだから……」

 懇願するが、2人は聞き入れてくれない。耳をふさぎ、目を固く閉じる。それでも剣と爪のかち合う音は聞こえてくる、目の裏に2人の闘う姿がありありと浮かんでしまう。

 

  

 

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