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 魔獣は、いつもうまく私をはぐらかした。

でもはぐらかされれば、それだけ知りたいと思う単純な興味もわいた。魔獣には、きっと何か隠していることがある――その気もちは館でいっしょに暮らす内、次第に私の中で大きくなっていった。

「ねぇ…月がきれいだから、外に出てみない?」

 満月の夜に、私は魔獣を散歩に誘った。

「外に? だがいくら夜でも、外に出れば誰かに姿を見られるのではないか?」

 魔獣が、目を細めて窓の外を透かし見る。

「ううん、大丈夫。この館のまわりは草ぼうぼうで敷地内に入ってくる人どころか、近づく人だっていないもの」

「そうか…では、行ってみるか」

 降り注ぐ月明かりの下を魔獣と歩く。どこからか虫の鳴く声が聞こえている。涼しげな風が草を凪ぎ、金色の魔獣のたてがみを吹き上げる。

「気もちいい……」

 夜空を仰ぐと、丸く青白い月が出ている。

「青くて、きれいな月……」

凍てついたシャーベットのような丸く蒼い満月に、あの人を思い出す。

「ラズル、みたい……」

「ラズル? ああ、ドラキュラ伯爵のことか……おまえに血の洗礼を授けたという張本人……」

「ラズルのことを、そんな風に言わないで……」

「ふっ…ラズルという名前は、おまえが付けたらしいな…。伯爵は、その名を、喜んでいたか?」

「……えっ?」

「わからないか……。私は、名前など無意味だと思う……人に、名前を付けて呼ぶことなど。名前などがあるばかりに翻弄されるんだ……生きることに……」

 

 

「……昔、何かあったの?」

 魔獣は答えない。首を振り、手を振って、

「何も、ない」と、否定をする。

「そう……話したくないなら無理には聞かない……だけど、ひとつだけ。ラズルは、喜んでたわ……いい名だな、って」

「そうか……伯爵は、ずいぶんとおまえに執心してるようだからな……しかし……」

「何? しかしって……」

「うん? おまえも、やっかいなのに惚れたものだと思ってな……」

「やっかい…って?」

 魔獣が立ち止まり、肩越しにゆっくりと頭を振り返らせる。

「あれは……いけない。あれには、猊下がひどく執着しておられる……」

 そんな話を以前、あの灰色のヴァンパイア――グレイの口からも聞いたように思う。

「少し、知ってる……その話なら」

「知っていて、尚も想いを寄せるのか……」

 魔獣にうなづく。

「私は、彼のことを忘れたりなんか、できないもの……」

「物好きなことだな……自ら、いばらの道を選び取るなど……」

 魔獣は止めていた足を踏み出して、

「……もう、休むか」

と、私に伝えるともなく呟いた。

「私は、まだここにいるわ…」

 草を踏みしめる魔獣の足音が次第に遠去かっていく。

 

  

 

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