―3―

 翌日、珍しく早く目を覚ました私は、なぜそんなことを思いついたのか、気がついたら魔獣を探して館の扉を次々にひらいていた。

「や…おはよう」

 いくつ目かの扉をノックしてあけた時、魔獣の姿を見つけた。魔獣は、寝台に半身を起こし熱心に本を読んでいた。

「目がやけに冴えたのでな、本を読んでいた……こんな風に本を読んだのは、どれくらい昔だったろう……」

「まだ、読める本があったなんて……」

 寝台の魔獣へ近寄る。吹きさらしの中で長い年月が過ぎたせいで、ほとんどの本は原形をとどめないまでに風化してしまっていた。

「これは、皮張りだから、生き残ったんだろう」

 魔獣が読んでいた本を静かに閉じる。

「本を、昔よく読んでいたの…?」

「そう…昔ね」

 魔獣があいまいに答えて、やんわりとそれ以上のつっ込みを拒む。

「何か…食べる?」

 質問を変えた私に、

「肉を、食べたいな…」

 魔獣が呟く。

「…だったら、何か作るわ…」

 嬉々として、キッチンへ立っている自分がいる。こんなに心が浮き立っているのは、孤独感から解放されたからだと自分に思い込ませる。(決して、あの魔獣がそばにいるからではない、そばにいてくれれば誰でもよかったのだ)と、むりやり納得してしまおうとしている自分がいる……。

「はい、どうぞ。口に合うかどうかはわからないけど」

 食事の支度を整え、食堂に魔獣を招き入れる。

「私のためにここまでしてもらえるとは……うれしいね」

「いいの、私もこんな風に料理を作ったりするのは、とても楽しかったし……」

 食卓に灯りをともしたのさえ、どれくらいぶりだったろう。ささやかな幸せにひたれるようで、頬づえをついて食事をしようとしている魔獣をながめた。

 

 

 と、取り上げようとした魔獣の手からカチーンという金属音を響かせてフォークが落下した――。

 魔獣があわてたように身をこごめ、落ちたフォークを拾おうとする。

「ごめんなさい、気づかなくて…」

 魔獣の爪は長く鉤状になっている。それでフォークがつかめるわけもなかった。

 フォークを拾おうとした手が互いに触れ合う。

「……そんな風に、私を否定しないでくれ……。フォークの1本もこの手に握れないなどと……」

 魔獣がぽつりと言って、重なっていた手をすっと離した。

「あっ…ごめんなさい、待って…」

 食卓を立っていってしまおうとする魔獣を引き止める。

「手を……私は部屋に戻る。食事をする気は失せた……」

「ごめんなさい、あなたを傷つけたのなら、いくらでも謝るから……許して」

「……。何を、大げさな……さぁ、顔を上げて……」

 目の前で私をのぞき込んでいる魔獣の顔つきが、やさしく微笑んでいるように見えた。

「私は、誇り高き魔獣だ。なぜおまえの言葉などに傷つくことがある。……この爪は、フォークは握れないが、おまえののどをたった今ここでかっ切ることは、たやすくできるのだから……」

 大きくあけられた真っ赤な口に、1本1本が刃のような鋭くとがった牙が何本も並んでいた。その形相はもはや獣そのもので、さっきのような穏やかな表情は微塵も見られなかった……。

 

  

 

 

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