―3―  

あのオルゴールは、いつも私のそばにあった……いつもいつも、いつまでも……いつまで私のそばにあったのだろう……。

一体いつまで……。

 

「ねぇあなた、この子なぜしゃべらないのかしら。もうしゃべり始めてもいい頃なのに」 

床に足を投げ出して座り一心に本を見ている息子に、妻が目をやる。

「うん…成長に不安があるのなら、家庭教師を雇うか?」

「家庭教師……いえもう少し様子をみてみます」妻はソファーにかけたまま、「いらっしゃい…」と、息子を呼んだ。

 息子は本から目を離して振り向き、すぐに妻の隣へと立ってきた。だがその間、息子が一言でも言葉を発することはなかった。

「反応は早いのに……」

 妻は息子を横に座らせると、頭に触れ髪をなでた。

「不思議な髪の色…銀になんだか青みがかかって…」

「青み……アルビノか」

「アルビノ?」

「ああ…本来私たちの血統は、黒髪に青い瞳…おまえの血が混じり込んで、変異が生じたらしい…」

「変異……しゃべらないのも、そのせいかしら」

 妻は息子の髪をなで続け、息子はおとなしくされるがままになっている。

「…奥様、そろそろぼっちゃまはお休みになられた方がよろしいのではないかと…」

 乳母があいていた扉の隙間からするりと中へ入ってきた。

「ああ、もうそんな時間…?」

 気怠げに仰ぎ見る妻に乳母はうなづいて、

「さ、ぼっちゃま…いらっしゃい」と、手をこまねいた。息子は無言で乳母の元へ走り寄り、服にしがみついた。

「それじゃあ…伯爵様に奥様、おやすみさないませ」

 しがみつく息子を傍らへ抱き寄せせきたてるようにして、乳母は部屋を出ていった。

「あの子……私より乳母になついてるようにも……」

 乳母の姿を目で追う妻に「そのようなこと……おまえの勘繰りすぎだろう…」と、声をかける。

「そうでしょうか……あの子は私などいなくても……」

「また、おまえの悪い癖だ……そう心配性にならなくとも、あの子は十分おまえを必要としている……」言いながら、(執事と同じように乳母も生粋の魔族……息子はその匂いを敏感に嗅ぎ取っているのにちがいない)と、心の底では考えていた。

「…だといいのですけれど…」

 言いよどむ妻の手からワイングラスを取り上げる。

「……少し、飲みすぎたのだろう。今宵はもう休むといい……」

 おとなしく聞き入れると思った妻は、意外にも「いいえ…」と首を振り、「今日はまだ休む気には……もう少しあなたにお付き合いします……」置かれたグラスを差し出した。

「そうか…おまえが飲みたいというなど珍しいな…」

 グラスにワインを注ぎ入れると、妻はグラスを合わせてきた。チン…という音が静寂の中にかすかに響いた。

「もう少し飲んだら、眠ったあの子を見にいってこようかと思います……」

 言う妻に、

「ああ…そうしてやるといい」

私はなにげない調子でうなづいた……。

 

   

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