―6―

その刹那、バサバサと風を切る羽音がして、「何をしている! レッドウイングス!」低い声が響いた。

「ラズル…?」

 目を上げると、ラズルが窓辺に漆黒の翼を広げていた。

「ラズル…」

 銀の髪が風に揺れている。瞳が闇の中に蒼く光っている。

「レッドウイングス、よせ! ルキアに手を出すな!」

「なぜ、人間をかばうの……ブルーアイズ……」

「かばっているわけではない……手を出すなと言っている……」

 女がラズルをにらむ。

「そんなきれいごとを言ったって、しょせんあなたは血がないと生きていけないんじゃない。……あなた、いったい何人の血を吸ったと思ってるの?」

「あれは……おまえが、私に勝手に……」

「勝手にですって?」

女が甲高い笑い声をあげる。

「ああしなければ、あなたは生きてもいけなかったのに。勝手になんてよくも言えたもんだわ!」

「死んでもよかったのだ……だがおまえに血を与えられたせいで、また生き永らえてしまった……」

「…ラズル…」呼びかけ、近寄ろうとするのを、「ダメだ…」と、拒絶された。

「おまえに誓ったはずだった……もう血は求めないと。なのに自分の意志ではなかったにしても、私は血を口にしていた……。血などなくても生きていけると思っていたのに、レッドウイングスに血を飲まされていただけだった……しょせん私はヴァンパイアなのだ。血がなければ少しも生きてはいけない……私に、おまえといる資格はない……」

「ラズル……」

「もう行くぞ……レッドウイングス。私とともに帰るのだ、さぁ…」

 ラズルが女の手をグイと引いて、行きかける。その手を女が振りほどいた。

「待って! 魔界へ帰る前にこの子の血を吸っておかないと……」

「やめろ、レッドウイングス。私は帰ると言っているのだ。それでもういいだろう…」

「ダメよ、ブルーアイズ! あなた掟を忘れたの? 正体を知られた者をそのままにしておけば、魔界へ帰ろうと私たちはすぐに抹殺されてしまうのよ。この子をこのままになんか帰れるわけがないでしょ?」

 女が言って、再び私のところへ近づいてくる。

「よせ! ルキアに手を出してはならない! 私はたとえ抹殺されることになってもかまわない! それはきっと私が負うべき罰なのだから……」

 言うラズルを女がにらみ返す。

「何を言っているの、ブルーアイズ。ヴァンパイアがそんな風に懺悔なんかしてどうなるって言うの? 人間を愛するなんてことがあなたに許されるわけがないじゃない。あなたは魔ものなのよ、しょせん血がなければ生きてはいけないヴァンパイアなのよ!」

「…やめろ! それ以上もう何も言うなっ…!」

 ラズルが悲痛な声をあげる。女はラズルを無視し私の顔を引き寄せる。

 

 

「……させない、レッドウイングス!!」

 ラズルが叫んで、女につかみかかろうとした。

その瞬間、女はスッと横へ身をかわし、はずみでラズルが私に抱きつくかっこうになった。

 そこへすっと女の手が伸びてきて、ふいをつかれ軽くあけられたままになっているラズルの口元へ、私の首筋を押しあてた。

 避けるひまはなかった。首筋に鋭い痛みが走り、つぷっと牙が肌へつき立てられたのがわかった。

「…っん、ふふふふふっフフ…。これでいいんだわ! ブルーアイズ、あなたは自分のやるべきことを自分自身で果たしたのよ!」

 女の勝ち誇ったような笑い声が聞こえる。

 ラズルが牙を立てた2つの小さな穴から、体中の血が逆流し吸い上げられていくのを感じる。

 牙を離さないラズルに、横目でそっと顔を盗み見た。一瞬、ラズルと目が合った。蒼い目がいっそう輝きを放っていた。人間の瞳には見えなかった……。

「あっ…」

 小さく声をあげ、ラズルが牙を抜き取る。

「私は…、何を…」

 ラズルの唇が私の血で赤く染まっている。

「フフ…あなたがその子の血を吸ったのよ。牙を一度立ててしまえば、血を吸わずにはいられない……どうブルーアイズ、久しぶりの生身の血は……私が与えた死人の血とはちがう……おいしかったでしょう?」

「わた…し…が…ルキア…おまえの血を……そんな……私自らの手でおまえを狩るなど……そんなわけが……」

「目の前の事実を受け止めなさい、ブルーアイズ。あなたがその子の血を吸ったのよ」

「いや…だ…なぜ…そのようなことが…」

 頭を抱えてうずくまるラズルの腕を女が引っぱり上げる。

「さぁ、ブルーアイズ。これで用は済んだわ…もう帰りましょう」

 ラズルは女に手を引かれるがままになっている。

「ラズル……」

 小さく呼んでみる。口をひらくと、首筋にあいた穴から痛みが電流のようにはい上がって頭の隅を刺激した。

 呼びかけに、ラズルが窓辺で振り返った。

私の顔をじっと見ている。

「ルキア……」やさしげな声で呼び、「すまなかった……」と、小さく言った。

「おまえと初めて会ったあの時に関わりを避けていればよかったのだ……おまえと出会わなければこんな風にしてしまうこともなかった……」

「……いいえ」と、首を振った。

「いいえ、ラズル。私は、あなたと出会えてよかったと思ってる……私はあなたとの出会いを悔やんでなんかいないわ……」

「ルキア……」ラズルの瞳が月明かりを受けて鈍く光った。

「もう行きましょう、ブルーアイズ、さぁ…」

 ラズルの体を抱えるようにしながら女が深紅の翼を広げる。

 頭の芯がしびれていく気がする。目も焦点が定まらずよく見えない。遠去かるラズルの姿さえ薄ぼやけてはっきりとしなかった。

「ルキア……」再び呼ばれた。

 窓へ目を向けるが、遠くへ飛び去ってしまったのか、私自身の目が見えなくなったのかラズルを見ることはできなかった。

「ルキア……すまなかった……私は、おまえを……おまえには、いつまでもただのルキアでいてほしかった……そして私も、おまえの前ではただのラズルでいたかった……。……ヴァンパイアとしてではなく、ただのラズルとして、おまえを愛していた……。ルキア……私は、おまえにラズルと呼ばれるのは、好きだった……」

「ラズル……」

 窓辺に近づく。声は返ってはこない。頭がくらくらとする。「窓を閉めないと……」窓を閉めて、早くベッドに倒れ込みたかった。足元がふらついて、もう立ってさえいられないくらいだった。

 窓枠に手をかけた。閉めようとした瞬間、強い風が吹き込んできて、私は倒れそのまま気を失ってしまった……。

 

  

 

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