―7―
……ふくろうの鳴く声に、目が覚めた。
「私……」どうしていたんだろうと思った。
今まで何をしていたのか記憶がなかった。
「窓を閉めたかしら……」と、ふいに思い出す。
それをきっかけにして、さっきまでのことが次々に思い起こされてきた。ラズルに血を吸われた私は、開けっぱなしの窓を閉めようとして、そこで気を失ったんだ……。
だけど閉める途中で倒れ、閉めたはずのない窓はきちんと閉じられていた。ベッドに戻った記憶もないのに、毛布までかけて寝ていた。
「まさか、みんな夢……?」
でも夢だと思うにはあまりにもはっきりと鮮明に覚えていた。ラズルとの出会い……美しいブルーアイズ……鋭い牙……私の血を吸って赤く色づいていた唇……。
「そうだ、あの出会った城があれば……」
窓を押しあけた。森に囲まれた城のとがった先端が見えるはずだった。
しかし、何も見えない。目をこらして見てもあるはずの城どころか、城を囲んでいた森さえもなかった。家々が建ち並び明るい光が灯っている。
「まさか、本当に夢……」
射るような明かりにまぶしさを感じて、窓を閉める。
「夢だったなんて……なんて長い夢……」
頭がはっきりしないまま、洗面所へと向かう。この悪夢から覚めるためにも、顔でも洗わないと……。
蛇口をひねろうとして、ふと鏡をのぞいた
「えっ…」と、思った。
自分の顔をさすり、もう一度鏡に映してみる。
映らない。
鏡の中に、あけ放たれたドアを通してベッドルームは映っているのに、そこにいるべきはずの私だけが映ってはいなかった。
「そんな……ウソ……映って! ねぇ映ってよ! お願い!」
鏡をたたきかけた時、薄くぼやけるように自分の姿が鏡に映し出され始めた。
「ヴァンパイアは鏡には映らない……あれは夢じゃなかったの……」
恐る恐る首筋を鏡に向けてみる。
そこには赤くなった噛み痕があった。
嗚呼と、思った。「夢じゃ、なかった……」
だけど、なぜ城もなくて……? そう思って、急に思い浮かぶことがあった。さっき見た窓の外の景色……あれは私がいつも見ていた景色とはちがいすぎる……。そしてあんな遠くの街明かりにさえ、まぶしさを感じた自分……。
ひねろうとした蛇口からは水が一滴も出なかった。私の顔が映っている鏡はひび割れていた。洗面台には、厚くほこりが積もっていた。
もう何も疑うことはなかった。私自身がヴァンパイアになっていた。
私がヴァンパイアとして目覚めるまで、永い時間が過ぎたのにちがいなかった。私が眠りについている間に、外の風景は変わってしまったのだ。時代は私を置いて通り過ぎてしまったのだ。
ラズルの言葉を思い出す。
「……私だけが、時にとり残されてしまった……」
時にとり残され……今度はこの私が時代に置いていかれる。そしてこれからは、この館自体が、きっと伝説になる……。
『それに近づいてはならない。そこは異形の者……魔の者が棲むいにしえの亜空間……』
いやもう伝説になっているのかもしれない……閉ざされた古い洋館……そこへ近づいてはならないと……。
やけにのどが渇く。私の体が血を求めているのだろうか……血を吸われた時のことをついきのうのことのように鮮やかに思い出す。 またいつか、私はラズルと、あの蒼い瞳のヴァンパイアと出会うだろうか……。
……いいえ、きっと会うにちがいない……だってもう私には、彼と同じように、時は悠久にあるのだから……。
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