ブルーヴァンパイアZ「深淵の闇に誘う悲恋歌」

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あれから、どれくらいの時が過ぎたのだろうか。数年しかたってはいないのか、それとも気の遠くなるような時間が過ぎてしまったのか、私にははっきりとした記憶がない。

これも永く生きすぎてしまったゆえの弊害なのか……。

ルキア……時折思い出すのは、おまえのことばかりだ。あいまいな記憶の中にすら、おまえの姿は鮮明に焼きついている。

おまえは、今ごろどうしているのだろうか? 今も、あの時と変わらずに行き場のない心を抱え、あの古びた館の中で一人さびしげな時を過ごしているのだろうか。

今となっては、あの館で二人過ごした時がひどく懐かしい。あの時、私は自分を陥れた魔女を探さなければと気負っていた。孤独など微塵も感じることなく……、だが一人がこんなにも辛く耐えがたいものだったなど……。

ルキア、今ならおまえの寂しさがわかるのに……。魔女をこの手で探し出したところで、何も変わらないということも……。

たとえ魔女に出会ったとして、いったい私は何をするつもりなのか……。殺したところで、飽き足るはずもない。復讐心のままになぶり殺してみたところで、残るのは虚しさばかりにちがいない。魔女は死んでも、魔ものとなった私はその後も永遠に生き続けるのだ。   

罪が新たに増えるだけだ…。

ルキア、こんな私は、私らしくないだろうか…。おまえが、あの伯爵とはちがうものを私に求めていたのは少なからずわかっていた……。あの美しい蒼い瞳のヴァンパイアは、瞳と同じ蒼く冷たい月のような哀しみを背負っていた……。

私の哀しみは、王位から失墜させられたことを恨んだ傲慢なものにすぎない、だがあの伯爵の哀しみは深く精神まで蝕んだような切なさを感じる。

おまえは、あの伯爵と別れることはできないだろう。どんなに、おまえが私を思ってくれようと、また私がどんなにおまえを思おうと……あの伯爵がそばにいる限りは、私たちはもう出会うことは叶わないのかもしれない。

 

 

 ……ルキア、雨が降ってきたようだ。体が冷えたところで、病むこともないのに……濡れることが厭わしい。どうやら、私にはまだ人間としてのプライドが根深くこびりついているようだ。

 どこかで、雨宿りをしようと思う。この先に人の気配のない家が見える、あそこなら魔ものの身を誰に見られることもなく雨を避けられるだろう。ルキア、またこんな風におまえを想うことを許してくれるだろうか……出会えることはなくても、私はおまえを忘れることはない……。  

「ひどい雨だ…。床板をはずして火でもたこうか。こんな日は暖かな暖炉の火が恋しくなる……」

雨に濡れた小さな家は、扉の前に立つとひっそりと静まり返っていた。ここまで近づいても人の気配は感じられない、魔獣であった私は人間の匂いには鼻がきく。ここには誰も住んではいない、私はそう確信をして、扉を引きあけた。

……と、「ようこそお出でくださいました」と、声が聞こえた。

「ばかな…」

私は、あわてて薄暗い家の中を見まわした。相変わらず、私の鼻は人間の匂いをとらえてはいない。

と、また、声は聞こえた。

「お待ちしておりました」

「待って…いた? …誰だ、おまえは…」

暗闇の奥から、足音が響いてくる。私はとっさに身構えた。

が、現れたのは、なんということもないただの少女だった。長い髪が、どこかルキアを思わせる。

私は警戒心を解き、ルキアに似たものを感じたこともあって少女に微笑んだ。

少女は、「雨の中、大変でしたでしょう? どうぞごゆっくり休んでらしてください」と、微笑い返してきた。

「…すまない。雨がやむまでの間、休ませてくれるだけでかまわない」

「ええ。では、今灯りをお持ちします」

「灯り…ろうそくにしてもらえないだろうか? 私はあまり強い光は……」

強い光に照らされると、この魔ものの赤い目に気づかれてしまう。少女にヒトではないことを悟られたくはなかった。

「ええ、わかりました。暖炉に火もお入れしましょうか?」

「ああ。気づかってもらってすまない」

「そんなに恐縮していただかなくても。どうぞ、そちらのソファーにおかけになってお体を休めてください」

「ああ、ありがとう…」

私は言われるまま暖炉のそばのソファーに腰をかけ、ふとさっきのことを思い返した。(この家から人間の匂いはしなかったはずだ。それにあの少女はこの家に1人で住んでいるのか…まさか。なら、あの少女は何者だ……)

「どうか、されましたか?」

灯りを持った少女が私の正面に立っていた。

「あっ、いや…。どうもしない。なんでもない」私はしどろもどろになって、灯りから急いで顔をそむけた。

「そうですか…? では暖炉に火を入れますね」

小さな暖炉に薪がくべられ、火がつくまでの様をじっとながめていると、また私の疑問はふくらんだ。(この少女は、暖炉に火を入れることもなく、どこで何をしていたんだ…)

「君は、この家で何をしていた?」

「何を…と、言われますと?」

少女が不思議そうな顔で私を見つめた。私はついまた反射的に少女から目をそらし、顔を下に向けた。

「つまらないことを聞いてすまない。だが君は、この家で1人なのか? こんなところにひとりっきりで、君はいったい何をしている……」

「ずいぶんとぶしつけな質問ですね? でもそう聞かれても、私はなんて答えていいのか……私は、ここであなた様のような雨に降られて困っている方をお泊めしているとでも言えば……」

「そう…か。だが、こんな寂しい場所で君は1人でいるのか? 家族はどうしたのだ?」

聞くと、ほのかなろうそくの灯りに照らし出されていた少女の顔が一瞬くもったように見えた。

「家族は、とうに亡くなりました…。それ以来、私はここであなた…を待つのが楽しみでした」

「えっ…」と、私は聞き返した。聞きまちがえでなければ、少女は゛あなた゛とまるで私を待っていたかのような言い方をした。

「ええ、ずっと待っていました。あなた様のような方を……とても寂しかったものですから」

「あなた様…か」どうやら聞きちがえたらしい。少女は、寂しさから人恋しかったにすぎないようだった。

「しばらく、ここにいていただけないでしょうか? せいいっぱいのおもてなしをいたしますから」

「ああ…そうだな。私も一人身の寂しい身の上だ、不都合がなければ少し泊めてもらいたい」

「ええ、どうぞいつまでもいらしてください」

少女が笑みを浮かべると、その顔がルキアに重なるようだった。

 

  

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