―5―

 オルゴールが鳴っている……。あの時も、オルゴールは鳴っていた……。オルゴールが鳴っている……私の安らかな眠りを妨げるように……。私が母を殺す引き金を引いたのだと思い出させるあの旋律……オルゴールが、鳴っている……私を、安らかな眠りから呼び覚ますように……。

 

「……オルゴールが……聞こえる……」

 私は、目をあけた

「あっ…」

 私の寝台の傍らへかけうなだれていたレッドウィングスが、はっと顔を上げた。

「…ブルーアイズ…起きて…」

 彼女は何気なさそうに口にしたが、こらえ切れなかったのかぽたりと涙をこぼした。

「泣いて…いるのか? レッドウィングス」

「泣いてなんかいないわ…そんなわけ…」

 彼女はごしごしと目をこすり、「この私が泣くわけなんかないでしょう」わざとらしく気丈に振る舞おうとした。

「ずっと…私を看ていてくれたのか…?」

 彼女の手に触れそっと握った。

「…ち、ちがうわ…たまたま見にきてあげただけよ。たまたま来て、あなたがたまたま目を覚ましただけ。ずっといたわけなんかじゃないわ…」

 彼女は耳まで赤くして、私に握られた手を引っ込めた。

「そう…か。だが…礼を言う…ありがとう…レッドウィングス…」

「な…何よ…お礼だなんて…。お礼を言われるようなことなんか、してないって言ってるでしょ…」

「ああ…わかっている……レッドウィングス……。そうだ…おまえに…ひとつだけ頼みがある……オルゴールを巻いてほしい……」

「オルゴール?」

「そう、そこにあるだろう……」

 今も変わらず私の枕元にありながら視界に入れることさえなかった、ほこりまみれの木彫りの箱を指差す。

 彼女はオルゴールを手にして、「なぜオルゴールが聞きたいだなんて……」ねじを巻いてくれた。

「夢を…見ていた…」

 彼女がねじを巻き切ってふたをあけると、あの旋律が静かに流れ出した。

「夢?」

「ああ……気を失っていた長い間、長い長い夢を見ていた……幼い頃の、長い夢を……」

「そう、幼い頃の…」

 彼女は夢の中身を聞かず、「でも目覚めてくれて、本当によかった」とだけ、呟いた。

「レッドウィングス……おまえが、血を分けてくれたのか……」

「少し…ね」

「ありがとう……おまえのおかげだ……」

 手を引くと彼女はよろめいて私の胸の中へ倒れ込んできた。

「ブルーアイズ……やめて……」

 彼女は嫌がったが「もう少し、このままでいてほしい…」囁くと、抱かれるまま身をゆだねてきた。

「母の…ようだ…」

 彼女の髪に顔を埋めた。

「ブルーアイズ…………」

 頭をなでさすってくれるやわらかな彼女の手の感触が、私に母を思い起こさせた。

「すまない…レッドウィングス…もう大丈夫だ…」

 こみあげる悲しさに彼女から体を離す。

「すまなかった…もう…」

 涙が流れ、顔をそむける。そのそむけた顔を彼女が両手ではさみ、「まったく…いつまでも子どもなんだから…」流れた涙のあとに口づけた。

「レッドウィングス……」

 呼んだ私の視線をかわして、「もう、帰るわ…」と、彼女は椅子を立った。

「そうか…いずれ、この借りは…」

「バカね…返してもらいたくて、与えたわけじゃないわ…」

「レッドウィングス……」

 再び呼びかけて、振り向いた彼女にそっと唇を合わせた。

「じゃあ…また…」

「ああ…また…」

 彼女は、振り返ることなく出ていった。

後ろ姿を見送るように、オルゴールが鳴っている……オルゴールの音色が……静かに……静かに……やさしく……私の記憶をいたわるかのように……。

 

 

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