ブルーヴァンパイアV「凍りつく月夜の輪舞曲」

―1―

「伯爵、起きていただけますか? 我が伯……どうか」

 私を起こそうとする声が聞こえる。耳元で囁くことはあっても、決して私の体に触れ揺り起こすようなことはしない。

「……使い魔か、どうした?」

 ソファーにもたれるうち、いつの間にかまどろんでしまっていたらしい。座り直し、寝乱れた髪を軽くかき上げて目を見ひらいた。

「伯爵、お起きになられましたか?」

「ああ…何用だ?」

 黒いカラスのような翼を持つ半人半鳥の妖魔が「はい…」とうやうやしくうなづいて、私の足元に片ひざをついた。

「そんなに平伏することはない。それに、私のことはブルーアイズと呼ぶようにと前から言っているはずだ」

「しかし…伯…、私たちは先代より絶対的服従を仰せつかっております。そのようにお呼びすることはできません」

 さらに深くひざまづき頭をたれる妖魔に、「よいと言っている」と、声をかけた。

「それで…おまえはどんな用で現われたのだ」

「そうでした…伯爵。猊下御自らのお呼び出しにございます」

「猊下が…城へ参れと?」

「はっ…」

 妖魔は片翼を胸にあて猊下への畏敬の念を表した。

「そうか…では支度を整え次第、猊下の元へ出向こう」

 ソファーを立つと、妖魔が後からつき従ってきた。

「何か、お手伝いすることはございますでしょうか?」

「よい、自分でする。おまえは休んでいるがいい」

「しかし、それでは……私に何か仕事をお与えください」

「休むことに気おくれせずともよい。主の私が休んでよいと言っているのだ。休める時に休んでおけ」

「はい…承知しました」

 妖魔はやや物足りなさげな声を残し、闇の中に姿を消した。

 部屋で正装し、鏡の前で髪をすき撫でつけた。後ろ髪が少し伸びた気がして、化粧台に置かれていた細いリボンでたばねた。

 地下室に降り、横たわる棺をどかして床板を引き上げる。四角い床板1枚分の穴に続く階段を降り切ると、目の前をふさぐ分厚い鉄の扉がある。しばらく閉じていたせいで錆びていた鍵穴は、鍵をねじ回す時にわずかに抵抗があった。

 天井が低く広さばかりがあるこの部屋の奥に、幾層にも連なる魔界の別空間へ移動するための、大きな姿見を模したクリスタルのゲートがある。

 ゲートは移動する先を告げ手を触れると、声と手形から主と判断した者を行き先へと転移させる仕組みになっていた。

「猊下の居城へ…」

 唱え手をあてると、ゲートは幾重にも水紋のような広がりを見せ体を引き込んだ。

 体が次元を瞬間的に移動し、転移先のゲートへと運ばれる。

 

 

「…ドラキュラ伯爵様、よくぞ御出でくださいました…」

 妖魔が出現し、くぐり抜けたゲートの傍らにかしづく。

「ああ…猊下のお呼び出しにより参上した…猊下はどちらへ?」

「猊下は、玉座にてドラキュラ伯爵様をお待ちにございます。ご案内を…」

「よい。謁見の間への行き方ならば心得ている。案内は不要だ」

「はっ…」

 先程の妖魔もそうだったが、目的を見失ってか声を落としたのが気になって、行きかけたのをふと振り返った。妖魔はまだ消えずにその場にいた。

「何か用を言いつけなければ、おまえたちは困るのか?」

 たずねると、「はい」と即答して、妖魔はあわてて「あ…いえ…」と、首を振って否定をした。

 おびえているのか小さく肩が震えている。

 その肩をいたわるようにそっと手を触れると、妖魔はビクリと震え上がった。

「恐れずともよい。私は、おまえを陥れようとしたわけではない。私が用を言いつけないことで、おまえが何か罰を受けるようなことがあるのならと、ただ気づかっただけだ」

 妖魔は私の言葉を信じてはいないようだった。小刻みに体が震えたままでいる。

「……おまえ、まだ城には上がったばかりなのか?」

 聞くと、妖魔は「えっ…」と顔を上げた。

まだあどけなさの残る顔に、わずかに困惑が浮かんでいる。質問の意味をとらえかねているのかもしれない、丸くつぶらな瞳がキョロキョロと落ちつかない様子であたりをさまよっている。

「…他意はない。そう思えたので聞いてみただけだ…そう、なのか?」

 妖魔は私をじっと見つめ、「…はい」と小さな声で答えた。

「そうか…おまえは、なんと呼ばれているのだ?」

「呼称は…私には、まだありません」

 丸い猫のような金色の瞳が愛らしい。いずれよい呼称をもらえるだろう。

「猊下のお気に入られるよう、よく仕えるといい。すぐにでもよい名をいただけるはずだ」

「はい、ありがとうございます…!」

 おどおどとおびえていた表情が消え、笑みがこぼれた。

「ふっ…いい表情だ。その顔を忘れずにいるといい。では、いずれまた……その時には、おまえを名で呼びたいものだ」

「はい、ドラキュラ伯爵様! 私もお会いできる時を楽しみにしております……」

 頬をうっすらと紅潮させる妖魔がかわいく思えて、つられて微笑んだ。

「ああ、私も再会を楽しみにしている。…それと、私のことはブルーアイズでかまわない…今度出会えることがあったら、そう呼びかけてほしい」

「はい…!」

 元気のいい妖魔の声に見送られて扉をあけた。

 

 

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