-6-

「ミカエル……おまえ、それをミカエルなぞに話したのか?」

ベールゼブルが聞き返す。ベールゼブルとて、ミカエルの性格を知らないわけではない……それを話すのは迂闊だったろうという揶揄を含んだベールゼブルの口ぶりに、ルシフェルは黙ってうなづくしかなかった。

 「それで……なんと言ったんだ? おまえは、そのままを話したのか?」

「いや……」と、ルシフェルが首を横に振る。

「『…………おまえに、兄弟がいたらどうする?』と、聞いた」

 「あたりさわりはないじゃないか……それで、ミカエルはどう答えた? 兄弟なぞいるわけがないとでも憤慨したのか?」

「ちがう……」と、ルシフェルが再び首を左右に振る。

「私は……聞き直したんだ……『兄弟がいたとして、おまえは恋人として愛せるのか?』と……」

ベールゼブルが、「なぜ、そのような……」と、目を伏せる。

「聞きたかった……ミカエルが、どこまで愛情というものを受け入れられるのかを……」

「馬鹿な奴だ……」間を置かずに、ベールゼブルが口にする。

「誰かを試すような真似をすれば……傷つくのは振った本人の方だろうに……」

 「ああ……」とだけ、ルシフェルが答える。

 「……経験もないミカエルに愛情などというものがわかるわけもない」ベールゼブルは言い、「そのようなことを確かめようとした、おまえにもな……」と、つけ加えた。

「私が……なぜ……」と、顔を上げるルシフェルに、「おまえは知らないはずだ……愛情とはどういったものなのかを……」と、ベールゼブルが口にする。

「……おまえとて、兄弟どうしで愛し合うことは邪恋だと思っていたはずだ……だから、そんなことを聞いたのだろう?」

「えっ……」と、ルシフェルが言葉を失う。

「兄弟であることなどに、おまえ自身が引っかかりを感じてさえいなければ、そんなことは聞かなかったはずだ」

「引っかかり……」

「そうだ……愛情に制約などいらぬ。相手が誰であろうと、愛するだけだ……他に何がある?」

「強いな……おまえは……」と、ルシフェルが呟く。

グラスを取り上げようとしたルシフェルの手をベールゼブルが不意をついてつかむ。

ルシフェルが驚いて、グラスを取り落としそうになる。

ベールゼブルはルシフェルの手からグラスを抜き取り、「強いとかではない……おまえ自身は、愛情をどう思っている……?」と、目をじっと見つめてたずねた。

手をつかみ顔を近づけるベールゼブルに、「よせ……」と、ルシフェルが体を引く。

「恋愛などたやすい……試しに我の口づけを受けてみるがいい……」

「い…いやだ…よせ、ベール…!」

唇を寄せようと迫るベールゼブルに、ルシフェルが声をあげて拒んだ。

 

 

つかまれた手を懸命に振りほどこうとするルシフェルに、「くっ……」と、ベールゼブルがこらえ切れない笑いをもらす。

「……本気にしたのか? おまえもどうやら未経験のミカエルに毛の生えた程度のようだな……?」

「ベールゼブル……おまえっ!」

「くくっ…怒るな」

笑いながらベールゼブルが、「愛情とは、そんなものだ」と、言う。

「そんな…もの?」

「そうだ……相手が誰であろうと想いを寄せるのは好きになったものの勝手だ。それは……最初から、邪恋ではないのか? 愛情など純粋なものではない……初めから、邪なものだ。おまえも、早くそれに気づいた方がいい……」

「あっ……」

ぼんやりとあいていたルシフェルの唇にベールゼブルが軽くキスをする。

「恋愛に夢など見るな……いつか、取り返しのつかぬことになる……」

そう言い含めて、ベールゼブルは「ではな…」と、席を立った。

たったいまキスをされたばかりの唇を指でなぞり、寝室から出ていくベールゼブルの背中を目で追うルシフェルの口から、「邪恋か……」と、無意識の言葉がこぼれ落ちた……。

 

……それはまだ、ルシフェルがサタンとなり堕天する何年も昔の話、誰も神の仕掛けた運命の輪に取り込まれていることを知らずにいた頃の遠い時代の記憶……愛情とは、神の愛も含めて清く神聖なものであると信じていた天界の天使たちの遥かな昔語り……。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送