ブルーヴァンパイア 「幕開けを告げる序曲」
―1―
街のはずれに、深い森に囲まれて古びた城がある。街中にありながら、森はうっそうとして城を覆い、そこだけがまるで異世界のようにも感じられた。
『その城に、足を踏み入れてはならない。その城は、異形の者……魔の者が棲むいにしえの亜空間……ひとたび入り込めば、魔の者に心を奪われ、二度と城から出ることは叶わなくなるだろう……。その城へ、近づいてはならない』
昔から、街にはそんな言い伝えがあった。
言い伝えは代々街の人に受け継がれるうち、真実味を帯び恐怖感を増して、今では誰も城へ近づくことすらなくなっていた。
だけどこの城の中へ、本当に人が入ったことはなかったんだろうか……。
城を、目のあたりにして思う。
私は、どうしてもこの城を間近に見たくて、どうしてもこの城の奥が知りたくて、その衝動をおさえることができなかった。
私が、この城の初めての訪問者になるんだろうか……ようやく決心をつけてここまで来たのに、いざ扉の前に立つと足がすくんだ。でも、ここであきらめて帰るわけにはいかない……意を決して、目の前にそびえる扉の把手に手をかける。
時代がかった鉄の扉が、きしむような音を立ててゆっくりと両側にひらいた。
「鍵は、かかってないのね…」
城は街の人の侵入を拒んでいると思っていた。なのに、こんなに簡単にあいたのは不思議だった。
扉の奥には、明るさはまったくなかった。持ってきた灯りをつけると、たくさんのアンティークの調度品が目に入った。どれも傷んではいても壊れてはいなくて、誰かが使っているような、そんな雰囲気があった。
「誰か、いるのかしら…」
呟くと、ふいにカタリと音がした。
とっさに上へ、灯りを向けた。
その時だった。
「何をしに、ここへ来た!」
どこからか、低い声が浴びせかけられた。
「誰!?」
さまようような細い明かりが、中二階の手すり越しに1人の男の姿を照らし出す。
「よせ! この私を照らすな!」とたんに男は叫んで、灯りから顔をそむけた。
「あなた、ここに住んでるの?」
男は答えずに、もう一度「その灯りを消せっ!」と、怒鳴った。
灯りを消すと、暗闇の中に「ここから、出てゆけ!」という声が響き渡った。
せめて男の正体を知りたくて、何か話しかける言葉を探した。でも言葉は見つからなくて、ただ黙って立ちすくむしかなかった。
すると急に、男の方から声をかけてきた。
「…なぜ、ここへ来たのだ?」
もの静かでやさしげな声だった。
「誰かに、呼ばれているような気がして…」
とっさにそう答えた。
「誰かに……」
男が考えているような沈黙があった。一瞬、話のきっかけがつかめるかもしれないと思った。その刹那「ダメだ!」と、迷いをふっ切るような男の大声が聞こえた。
続いて「この城から今すぐに立ち去れ! そうでなければおまえに何が起こっても保証はできない……いいか、今すぐにここを去れ! そして二度と、ここへ来てはならない!」男が叫んだ。
それっきり声は聞こえなくなった。耳をすましてみても、物音ひとつしない。灯りをつけてみようかと思って、またさっきみたいに怒鳴られるかもと思い直す。向こうから声をかけてくる気配もなく、「今日は、帰ります…」と告げて、後退りながら扉の方へと向かった。扉に背中があたるまでの間に、返事は戻ってはこなかった。
その夜はなかなか寝つけなかった。あの声が耳について離れない。最後に叫んだ声に、どこか哀しげな響きが混じっていたのも忘れられない。本当はもっと話をしていたかったのかもしれないのに……親しくなりたかったのかもしれないのに……あの人はなぜ、あんな風に拒絶したんだろう。
それにあの人、なぜ、あんな真っ暗な闇の中なんかに住んでいるんだろう……灯りをひとつもつけないで……。明日、もっと早い時間に行ってみようか……明るいところで、あの人の顔も見られるかもしれないし……。
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