ブルーヴァンパイア寓話V「月の口ずさむ唄」

 

 ファントム・ウルフに噛みつかれ出血の止まらないブルーアイズを寝台に横たえ、レッドウィングスはじっとその寝顔をながめていた。

『そいつは……見るものを惑わせる……傷つけてやりたいと、殺してやりたいと……』

ファントム・ウルフの言葉がふと頭をよぎる。

『…これからも、そいつは言われのない傷をいくつも受けるはずだ…その度に、おまえがそうやってぬぐってやるのか…』

以前ブルーアイズが自らを刺してしまった時のことを思い出す。

あの時も目を覚ます気配のないブルーアイズを、やっぱりこんな風に見つめていた……。

胸が張り裂けそうに痛くて、泣くことすらもできなくて、ただ蘇生することだけを願ってずっとそばにつき添っていた……。

「ねぇ……」

と、レッドウィングスは、目を閉じたままのブルーアイズに呼びかけた。

「……一番哀しいのは、あなたのはずよね……。かつてのお母様とのことが重荷になっていて、あなたは誰も純粋に愛することができない……。愛情を求めてやまないのに……あなたはそれを誰にもぶつけることができない……」

「ん…」

と、小さくブルーアイズがあえいで、苦しいのか額にかすかにしわを寄せた。

レッドウィングスはその手を取ると、自分の頬にもっていきそっとあてた。

「ブルーアイズ……愛してるわ」

それから頬にあてた手を唇へずらし口づけて、

「…あなたが、どんな目にあっても、きっと受けとめてあげるから…」

と、口にした。

 

 

外には、また雪が降り出したようだった。

レッドウィングスはブルーアイズにキスをして自分の血を与えると、座っていた椅子から立ち上がった。

窓辺から翼を広げ降りしきる雪の中へ羽ばたく。

魔界の気温差に雪はブリザードのように激しくなって、向かい風にあおられた雪のつぶては翼を切り裂かんばかりだった。

吹雪に押し戻され何度か落ちかけて、レッドウィングスは翼を休めるために雪原に降り立った。

「何も、ないのね…ただ白いばかりで」

あたりを見まわしても、目に入るものは白い雪ばかりだった。

レッドウィングスは翼をたたみ、雪の上に座り込んだ。吹きすさぶ風が髪をなぶり、頬を激しく打った。

どれくらいそうして座っていただろう……ふいにどこからか声が聞こえた気がして、レッドウィングスは顔を上げた。

「……なに?」

声は、泣いているようだった。

目をこらすと、吹雪の中で震えている小さな姿が目に入って、レッドウィングスは駆け寄った。

「…どうしたの?」

そばへ寄り声をかけると、泣きじゃくっていた小さな妖魔は、泣き止んで顔を上げた。

「…だれ?」

「私? 私はレッドウィングス……おチビちゃん、こんなところでどうしたの?」

大きなキツネ耳の生えた頭をなでてあげる。

と、妖魔はしゃがんでいるレッドウィングスにしがみついた。

「ボク、ボク…迷子になっちゃったの…」

「迷子に…?」

きっと主人に見捨てられたはぐれ妖魔だと思う。それでもこのままほうってはおけなくて、

「…じゃあ、私のうちに来る? おチビちゃん?」

と、レッドウィングスは妖魔を抱き上げた。

部屋へ帰ったレッドウィングスは小さな妖魔を使い魔にバスに入れるように頼むと、寝台のブルーアイズの元へ戻った。

「…少し、よくなったみたい。よかった…」

『…悲しい恋だな…』

顔をのぞき込むと、ファントム・ウルフの言葉がまた頭をかすめた。

「……そんなこと、わかってる」

誰に言うともなく呟く。

「だけど……ひとりにしておけないじゃない」

レッドウィングスはブルーアイズの胸元に掛け布を引き直し、そっと頭をもたせかけた。

 

 

時を刻む音ばかりが響く、静かな時間が過ぎた。

と、

「レッドウィングス…」

ふいに呼ぶ声がした。

振り返った窓辺に、ファントム・ウルフが来ていた。

「ファントム…」

「そんな顔をするな…その、あやまりに来たんだ。さっきは、悪かった…」

ファントム・ウルフが寝ているブルーアイズを一瞥する。

「まだ目覚めないのか…そいつは」

「あなたが、あんなに牙をたてるから……でも、もうだいぶいいみたい。じき目覚めるかもしれないわ…」

「そう…か。おまえが、また血をやったのか?」

「ええ…」

うなづくレッドウィングスに、ファントム・ウルフはふん…と鼻を鳴らした。

「それが、おまえの愛し方なのか?」

「あなたって……」

と、レッドウィングスが言葉を切って、ファントム・ウルフを見つめる。

「なんだ?」

「いつも、ストレートなのね?」

「ふっ…それが、俺の取り柄だからな」

「ファントム……そういうストレートなところ、嫌いじゃないわ」

「ほめ言葉なんて久しぶりだな…レッドウィングス」

「そう…? たまにはほめることもあるわ…」

微笑みを浮かべるレッドウィングスに、ファントム・ウルフはふと今ならキスぐらいは許されるんじゃないかと思う。

腕を伸ばし、まさに抱きしめようとした時だった。

部屋の扉がばんとあき、何かがころがるように走ってきた。

伸ばしたファントム・ウルフの腕をかすめ、レッドウィングスが立っていき、「おチビちゃん、バスはあったかかった?」と、妖魔を胸に抱き上げた。

「なんだ…そいつは?」

ファントム・ウルフがせっかくの機会を台無しにされ、忌々しそうに眉間にしわを寄せてたずねる。

「拾ったの、さっき。はぐれ妖魔だと思うんだけど」

「はぐれ妖魔? そんなものを拾って、どうする…」

「別に、どうも…。だって、かわいいじゃない」

小さな妖魔をレッドウィングスはひざの上に乗せ髪をなでた。

「その髪…青銀だな。…だから、拾ってきたのか?」

ファントム・ウルフに言われ、レッドウィングスは妖魔にふと目を落とした。

「ほんと…銀に青みがかってる。彼と同じね…気づかなかった」

「気づかなかった…か」

ファントム・ウルフは、ふっ…と息を吐いた。

「……そうしていると、おまえは母親のようだな……」

「そう…?」

小さな妖魔を胸に抱いたレッドウィングスは、今にも子守唄でも歌い出しそうに見えた。

「ああ…おまえも、そんな幸せを手に入れてみる気はないのか? あんな奴ばかりにかまってないで…」

「そうね…でも、彼を幼い頃から一番よく知ってるのは私なの…見捨てることなんかできないわ」

「ふっ…ご苦労な話だな。…そいつを、俺に貸してみろ」

ファントム・ウルフがまどろみかけている妖魔を気まぐれに自分の手に抱き取ろうとした。

と、

小さな妖魔の姿は、レッドウィングスの腕の中からかき消えるようになくなってしまった。

「いなく…なっちゃった…」

レッドウィングスが呆然と言う。

「夢魔にでもトラップをしかけられたらしいな……おまえ、夢魔を怒らせるようなことをしたのか?」

「さ…っき…」

「また、ブルーアイズがらみか?」

かすかにうなづいたレッドウィングスの瞳から涙がこぼれた。

「…バカな女だな、おまえは」

ファントム・ウルフがレッドウィングスを抱きしめてやる。

「ファントム…もう、いいわ…」

腕から身をよじって逃れると、レッドウィングスは薄雲に包まれた月を見上げた。

小さく息をついて、髪に手をやる。

「この髪……伸ばしてみようかしら」

かみそりのように切り口の鋭いボブを指でもてあそぶレッドウィングスに、

「そうだな…髪を伸ばして、きついばかりの女を卒業するのも、いいかもしれないな…」

と、

ファントム・ウルフはふっと微笑んだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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